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メモ196
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奇跡


是枝裕和監督の最新作。観てきました。
よかったです。いや、本当によかった。
今、自分はこういう映画を観たかったんだと思った。
そうなんだよね、観たかったんだよね。こういった、映画を。
泣ける、というわけではないけれど、観た後に、泣きたくなった。
のは、内緒の話。


奇跡を信じていたときって、どんなときだっただろう。
なんて考えながら帰り道を歩いていました。
子どもの頃、私が小学生だった時分。何を願っていただろう。なんて。

正直ね、思い出せなかった。
ミニ四駆のレースで優勝することを奇跡として夢見ていたかもしれない。
夏休みに出した自由研究が表彰されることを夢見ていたかもしれない。
漫画家になれるぐらい絵が上手くなるように、なんて夢見ていたかもしれない。。etc

それでも、やっぱり思い出せなかった。んだなぁ。
何を信じ、何を願っていたんだっけ。
たぶん、そんな大層に「これを願う」といったほどのことじゃなく、
もっと、もっと小さなものが沢山あったんじゃないかな。
明日ご飯がカレーライスになりますように、とか。そういった程度のもの。
きっとそれでも、当時の私にとっては奇跡であって、願いだったんじゃないかな。
劇中の彼らのような、彼らなりの奇跡を願っていたことも、あったと思うのだけれど、思い出せなかった。んだなぁ。
でもきっと、奇跡を願った少し後に忘れても、笑えるだろうその感じが、
やっぱりよかったよね。子どもって、だからすごいよね。


今、27歳になった私は、どんな奇跡を願っているだろう。
なんて、子どもの自分を思い出せなかった私は、やっぱり考えながら
渋谷から自宅に向かって歩いていました。

明日は晴れたらいいよね。明日もご飯が美味しかったらいいよね。なんて。
そんなことかな、とか。思ったり。
子どもの頃と、変わっていないなぁ。

あとはね、この夏は、花火が見たい。
おっきな花火も見たいし、河原でやる手持ちの花火もしたい。
今年は震災の影響で花火も自粛ムードだけれど。
いっそのこと、浴衣でも着て行きたいな。
少しのお金と、小さなカメラだけ持って、たまやー。ってね。


当時の、小学生の頃の自分が想像していた27歳なんて、
どうしようもないくらい大きくて、大人で、全てを知っているヒトだったけれど。
まだまだ、子どもと変わらなくて。未熟すぎて。
半年前の年末年始に願った奇跡もあったけれど、どこかにいってしまった。
今は地道に、ゆっくりとやっていくしかないのかもなぁなんて思いながら、朝ご飯を食べています。


是枝監督の描く子どものその自然な演出/演技にドキドキし、
まえだまえだのあのむちむちした子ども特有の体つきに安心感を覚えながら、
ゆっくりと観ることができました。
夏の手前に観ることができて、よかった。
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by arittakewinds | 2011-06-19 11:04 | memo
メモ195
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星を追う子ども


観てきました。新宿はバルト9。といっても既に一週間が経ってしまいました。
公開2日目ということでしたが、レイトショーだったからか、さくっと入れました。
まず感想はというと、よかったです。
正直言うと、ほぼ期待していなかったため、その反動があった、というのが大きいかな。


この物語では、
主人公の女の子が過ごす普段の学校生活と
そこと対比させる放課後の生活が描かれていて。
母子家庭の子は苦労人で、ガリ勉で頭いい、といったことを感じさせるシークェンスがあるのだけれど、どうなんだろう、そういうイメージなのかしら、と思ったりしました。
この時代設定のときの、特徴なのかな。わからないけれど。
でも、そんなことは気にせず、放課後の自分の時間を楽しんでいる。
その演出がこれまた妄想に近い部分で、そうそう、なんて思っていました。



この映画は、表立ってアピールしている通り
「ジュブナイル」作品であることは確かで。
作者への共感・批判を含め、僕ら視聴者にも「ああこんな妄想とかね、したことあるよ」と思わさずにはいられない。そんな物語になっていて。

だからね、余計にみんな「ジブリっぽい」って、思っちゃったのかも。
だって、日本人のほぼ大半が、ジュブナイルアニメとして生まれてからずっとジブリを金字塔として観てきたのだから。
仕様がないんじゃないかな。

僕らが子どものころに想像、妄想してきた中に、
ジブリみたいなことって、絶対にあったと思う。
パズーとシータみたいに、飛行石で飛んでみたいと思ったこと。
ラピュタと一緒に、オームの群れに遭遇したらどうしようと思ったこと。
アシタカとサンと一緒に、あの森に迷い込んだらと思ったことは、あったかな。


他にも、人それぞれこれまで触れてきたジュブナイル、と呼ばれるものってあるはずだと思う。
きっと、この映画では、そんな中でも誰もがわかる、そんなエンターテインメントを見せたいといった想いがあったんじゃないかな。
もちろん、パクリだとかオマージュとかそういうことではなく、自分の表現の中で。
だからこそ、それらを想起させながらも、出会いと別れみたいな部分を強く出していこう、ってね。
そこが、この新海誠監督の常々の、テーマなのかなと思っていたので。



冒頭に、あまり期待していなかったと書いたのは、
私自身、予告編を前に見た時に「ただのジブリのパクリかもしれない」と思っていたから。
観始めた時はそんな疑念もあったけれど、観ていくうちに普通に話を追いかけていました。
少し、少しだけ詰め過ぎ感はあるけれど、ある種だからこそ観終わった時に、一緒に観た人と感想を言いやすい、そんな映画になっているんじゃないでしょうか。


上映は始まったばかり、上映館数はそこまで多くないですが、
美しい風景と、ジュブナイルをお好みの方は足を運んでみてはいかがでしょうか。
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by arittakewinds | 2011-05-15 10:11 | memo
メモ194
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婚前特急


日曜日に観てきました。テアトル新宿。
よかったです。
というか、吉高由里子がすごくかわいかった。
そこに、尽きるかもしれない。


男性5人と交際を続けており、それを是とする主人公。
そんな彼女が、親友の結婚をきっかけに、気持ちと身辺を整理していこうとする。
と、そんな話。

5人と同時に付き合うって、どういう気持ちなのだろう。
そんなたいそうなこと、できるような人間でもないし、願望もないけれど、
でももし、自分がそんな状況になったとしたら。
私が、5人の女性と同時に付き合う状況に、なったとしたら。


無理だろうなぁ。と、思ってしまった。
きっと、すぐに半分以上の女性にバレてしまうと思う。
何かしらをキッカケに、すぐに。顔に出ちゃうかもしれないね。
相手は、1人が良いです。本当にね。


映画の中で引っかかったのが、「査定」という言葉。
5人の男性を、順に査定していく、というその流れ。
いやほんとに、怖いなー、と。残酷すぎるよ、その行為。
自分はどうなのだろう。いや、査定すらされてもないだろうな。
なんて思いながら観ていました。

どこの会社でもそうだけれど、
査定というものがあって、それによって給料だったり、役職が変わったりするじゃないですか。
そういった場面以外で、査定って受けたこと、ないよなぁ。
他に査定って、どんな場面であるのだろう。
よく聞くのは、車の査定。
といっても、車は持っていないので経験もない。
今はなくても、今後、将来あるのかなぁ。家とかね。
出来ることならば、ネガティブなものではなく、わくわくする、そんな査定を受けたいものです。


あと最後にね、スクーターに乗りたくなった。
バイクに乗ったことって、ほとんどないのだけれど、作中で吉高由里子が乗るスクーター姿がなんとも言えずよかった。加えて衣装も、よかった。
先日のSOMEWHEREに引き続き、衣装さんが素敵な映画にこう何度も出会えるのは、嬉しいですね。

上映館数はそこまで多くはないけれど、
きっと深く考えすぎず、あははと言いながら観ることができる、わかりやすい映画でした。
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by arittakewinds | 2011-04-29 08:46 | memo
メモ193
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まほろ駅前多田便利軒


公開初日ということで、観てきました。
原作を、以前読んでいたこともあって
「あ、この場面はこんな風にしているのか」
「お、あの場面はカットされているんだな」
など、そんなことを思いながら、観ていました。
事前知識があるのとないのとでは、いつものことですが
見え方が違いますね。できればもっと、ニュートラルに何でも観たいものです。

ちなみに、音楽はくるりの岸田繁さん。ライブ行きたい。


この映画は、一種の共同生活もの、でした。
男2人が久々に出会い、過ごし、離れ、また共に過ごしていく。
これが男女だったらね、ラブストーリーですね。
でもこれは、男同士の話だったり、するんだなぁ。
といっても、そういった話では、決してないんです。
なんとなく、その人にとって、観た人にとっては、そう思えなくもない、そんな流れがあったかな、と。最近多いしね。


先日、会社の先輩が貸してくれた漫画に
よしながふみさんの「きのう何食べた?」というものがありました。
読んでいくうちに、自分も自炊したくなってくるなぁ、なんて。
思えるような、そんなゆるい話でありながら、何故か主人公2人は男性で、恋人同士。そこに、何の必然性があったのだろう、とか考えたりもしたけれど、特にないのではないのかな。と思い、最後まで読み進めてしまったり。
それは、作者がそういった設定が得意だったのだろうし、
読者もなんとなくそんな「一見普通じゃなさそう」なものが、好きだったから、
だから、この漫画も、そしてこの映画の設定も、普通に受け入れられてるんじゃないかな。


印象的だったのは、中華料理屋のシーン。
小学生の男の子と主人公2人が、餃子1枚をつつくところがあるのだけれど。
その餃子がそこまで美味しくなさそうだったところが、ものすごく食欲をかき立てたんだなぁ。
あれよりもっと美味そうな、もっと焼けた、肉汁の出てきそうな、そんな餃子が食べたい。
そう、思った。
結局その後合流した友人とホルモン焼きを食べにいったのだけれど。



原作、どこに行ったかなと思い本棚を探したのだけれど、
よく考えたら今の家への引っ越しの際に古本屋に出しちゃったのだった。
実は続編が出ているらしく、それを今度読んでみようかな。

隣りに座っていた女性が、何度も「あ、松田龍平かっこいい、、」とつぶやいていて
それが気になっちゃったりした、そんな映画でした。
関係ないか。

公開始まったばかりということで、興味ある方は是非。
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by arittakewinds | 2011-04-24 11:40 | memo
メモ192
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SOMEWHERE


やっと観てきました。観たい観たいと思いつつ、やっと。
「ロストイントランスレーション」のソフィア・コッポラ監督最新作。
とても、よかったです。
また、よく考えると久々に邦画以外を観たな、と。
「ソーシャルネットワーク」以来かもしれない。


この映画は、父親と娘、その2人が過ごした短い時間を軸にした話。
私自身、まだ結婚もしていなければ、もちろん子供もいないので
頭の中で想像したりしながら、物語を追いかけていました。


父親と、娘の関係ってどんなものなのだろう。
私には妹が1人いて、彼女と父は、どんなことを2人で話したりしていたのだろう。
妹が、娘を演じたエル・ファニング( 最高にキュート!)と同じ11歳だった頃。
私は14歳の、中学生。
剣道に明け暮れていた、あの頃。
父と妹についてなんて、考えたこともなかった。なぁ。
妹は反抗期とか、だったりしたのかな。もう少し、後だったのかもしれない。


物語の中で、娘は反抗期など微塵も感じさせず、
とても落ち着いた、できた子供を演じていたように思う。

例えば、朝起きると知らない女性が部屋にいて、朝ご飯を一緒に食べている。
それでも父親には何も言わない。少し、反抗的な目つきをするけれど。それも一瞬のうちに消えてしまう。
父親は、そのことについて何も口にしないし、ばつが悪そうで、できない。

なんだかね、不安になっちゃった。観ていて。
主人公である父親の、倦怠感やら空虚感みたいな部分と、
まだ大人になりきれていないというか、どこか子供な部分が、どうしようもなくて。


カードゲームをして、卓球をして、プールに入って、云々。
初めて一気に、一緒に遊んだ娘は、父親は、どんな気持ちになるのだろう。
なんだかね、想像したら不安になっちゃったんだなぁ。
だからね、後半の車の中でのシークェンスで安心したんです。
だってそうだよね。そりゃそうだよ。って。
観ていない人には、なんのこっちゃなくだりになってしまって。ごめんなさい。


観ている中で、驚きだったのは
車のトランクに位置する部分が、主人公の乗るフェラーリは前についていたこと。
最初、エンストでエンジンを見るのかと思った。
車を降りて、フロントガラスの前の部分を持ち上げて、荷物を取り出した、あの瞬間。
思ったよね。LAって、違うわ。と。
でも、そんな私の驚きをさらに覆したのは、ラスト前に出てくるタクシーのトランクは、私もよく見知っているつくりだったということ。


主人公のスティーヴン・ドーフはかっこいいし、
娘役のエル・ファニングは可愛すぎるしで、
ソフィア・コッポラのこの独特な作風に絡み合う
キャスティングの成功具合に感服するだけでも、価値がありそうな、
そして最後には心にグッとくる、そんな映画でした。
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by arittakewinds | 2011-04-17 00:53 | memo
メモ190
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毎日かあさん


先週観てきました。
新宿はピカデリーで。
先月観た「酔いがさめたら、うちに帰ろう」と対となる、作品。


よかったです。
この映画は、前述の「酔いがさめたら〜」とは出元が違い、妻、女性側から描かれています。
妻と夫、それぞれが描いた、それぞれの自分たち。
エピソードは、確かにかぶっていて、あぁこっちではそういう表現をするのだなぁ。なんてことを、思いながら観てました。
当たり前のことかもしれないのだけれど、思うことも、違うのだな、と。
違うよね、やっぱり。そういうものだと思う。


「酔いがさめたら〜」は夫側の、アルコール依存症から起きる話メインであるけれど、こちらは違う。
タイトルにもある通り、「母」の話であり、「妻」の話。家族の話。
小泉今日子は、母を演じていたし、
永瀬正敏は、父を、演じていた。
家族の話であり、夫婦の話。
私にはまだ、先の話。いつの話になるのだろう。



先日、twitterかfacebookか忘れてしまったのだけれど、
友人がぽろっと挙げていた言葉を、今でも覚えている。

「ひとりで生きていけるふたりが、
 それでも一緒にいるのが夫婦だと思う。」

どきっとしました。理性と本能、とでもいうのかな。
この映画も、そういうことかもしれないなぁ。なんて。

小泉今日子演じる西原が、言う台詞があって、
「結局、手を離すのを怖がっていたのは、私の方かもしれない」といったような件がね、あるんです。
もう離婚して、別々で生きていくと言っていたにもかかわらず、一緒にね、居ようって、居たいって思える。そんな関係だったんだよね。
映画を観た後に触れた言葉だったので、余計に印象強かったのかもしれない。


エンドロールで流れる、永瀬正敏が撮った写真が、これまたいい。
多才な人なんだなぁ。本当に。



「酔いがさめたら〜」は単館系、
「毎日かあさん」はシネコン系、とでも言えるかのようなつくりで見やすさで言ったら今回の作品に分があると思う。
けれど、できたらどちらも観て欲しいな。
機会があれば、是非。


P.S.
前述の言葉、それは数年前に11月22日「いい夫婦の日」に掲載されたティファニーの新聞広告のキャッチコピーだとか。
いやはや、本当に、素敵です。
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by arittakewinds | 2011-02-12 07:38 | memo
メモ189
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その街のこども


観てきました。
場所は東京都写真美術館。
通常の映画館ではなく、この美術館内のホールで上映しています。
なんでだろうと思っていたのですが、きっと恐らく、映論審査を通してないんじゃないのかな、とか考えたり。
最後のエンドロール後に、いつもあるそれがなかったから。
まぁ、わからないのだけれど。


とてもよかったです。
この作品、元々映画として製作されたものではなく、
2010年1月17日、阪神・淡路大震災後 15年特集としてNHKにて放送されたドラマを劇場用に再編集したもの。
また、ラストで登場する東遊園地の追悼のつどいは、放送当日1/17の早朝に実際の現場を撮影し、編集、放送されたとか。


当時の私は10歳。小学4年生だった。
何を、考えていただろう。
その日の給食と、放課後と、ミニ四駆のことしか興味のなかったあの頃。
何も、考えていなかったんじゃないかな。

今思い返してみても、当時の私にとっては他人事でしかなく、
口では「大変だねぇ」なんて言いながらも、
学校休みになって、宿題とかないんだろうなーとか。
そんな気持ちを、森山未來が代弁してくれたような、そんな気分で。

きっとね、何も、考えていなかったんだと、思う。
当時、伯父が神戸に住んでいて、震災にあったものの大した被害も無く家族みんなで「あぁ、よかったね」なんて。
その一瞬で、忘れてしまうくらい。
その日の給食と、友達と何をして遊ぶのかに考えが移行されてしまうくらい、考えていなかったんだと思う。


そんな私が、15年経った今、映画を観ることで
少なからずこの震災について思いを巡らせている。のかなぁ。半信半疑。
でもね、なんだか、すごいなぁ。すごいよね。
映画って、物語って、すごいと思った。
だから、いいんだよね。


森山未來、佐藤江梨子の、どこかぎこちなさをこちらにも感じさせる自然な演技と、
最後のシークェンスにさしかかる際の2人の走る、あの演出が、今でも頭に残っている。
ちなみに、主演の2人は当時震災を体験している。
だからこその、あの演技だったのだろうか。どうだろうか。


当時を生きていた、色んな人が観たらいいと思った。
そんな作品でした。
都写美では、来週日曜まで上映しています。
興味のある方は、是非足を運んでみてください。


P.S.
TBSポッドキャストDigで聴いた、岡宗秀吾さんの話は、涙が出るくらいよかった。エロと笑いと感動のある、いい話だった。
もう視聴期間が過ぎてしまったようで、残念だけれど。
その片鱗は、こちらのリンクあたりで感じていただけたら。
Dig 放送後期 1月14(金) 、 大根仁さんのブログ
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by arittakewinds | 2011-02-06 11:19 | memo
メモ188
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ソーシャルネットワーク


観てきました。話題のあの、映画。
会社の、部署のみんなで仕事終わりに。先週の頭、ぐらいかな。
仕事でも、よく触れるものが題材だから。


おもしろかったです。
単純に映画としてもおもしろかったということもあるのだけれど、
私たちの知っている、そのfacebookというそれが、どういった流れで今に至るのか、いくらかフィクションは含まれながらも、描かれている。
ドキドキしながらね、観ていました。


冒頭、長回しのシークェンスがとてもよかった。
ひとって、こんな風に空回ったり、こじれたり、するんだなぁ。なんて。
それぞれの先読みと、優越感、劣等感、そしてそれから生まれるズレなどなど様々な感情が、そこには詰まっていて。
きっとこの場面を観ている時に私たちは、つい口に出してしまうと思う。
「あーあ」と。
頭のいい人、回転が早すぎる人、けれど、コミュニケーションが苦手。
だから、思ってしまうんだと思うんです。
「あーあ」ってね。


私は、どちらかというと日々回転がゆるい方で。
テンポ遅れて動いてしまうことが多いので、逆のことがよくあるのだけれど、みなさんは、どうだろうか。
自分そうかも、と思うかも。
あの人そうかも、と思うかも。
ちょっと違うけれど、あれはどう言い例えればいいのだろう、と思うかも。

きっとね、ヒトそれぞれでいいと思う。
ヒトそれぞれが、いいと思うんです。
だからこそ、この映画の主人公に、みんなが注目し、次はどんなことをしてしまうのだろう、なんてことを思うことができるのだから。
ヒトそれぞれだから、愛おしく感じていくんだと思うんです。
でもね、それは、自分だけでいいから、理解して臨まないといけない。
まわりに迷惑をかけてしまうのは、よくないんだよ。



私の友人も言っていたのだけれど、
映画の中での彼、マーク・ザッカーバーグは、ヒトと繋がりたくて仕様がなかった。
けれど、繋がれなくなってしまったヒトがいる。
自分が生み出したもの、その結果に。
だからこそとる、あの最後の行動に、私はグッときたし、涙が出るかと思った。思いました。


私たちは、今この世の中で、ソーシャルとかなんとか呼ばれるもので繋がっているのだけれど、完璧な世の中はやっぱりなくて。
そこには、私とあなたと、私たちのそのまわりを形成する何ものかが、常に変化をしているから。
でもだから、楽しいよね。きっと。
今日も、何かが起きるかもしれないよ。
そんな夢見がちで、日々動き出していけるんじゃないのかな。



きっと元ネタに興味が無い方には、一歩踏み込むことに勇気がいるかもしれない本作。
けれど、単純に映画として、物語として楽しむことができる作品だと思います。
興味があれば、是非。
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by arittakewinds | 2011-01-29 09:05 | memo
メモ187
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酔いがさめたら、うちに帰ろう


新宿で観てきました。シネマート新宿。
観たいと思っていたのですが、一度機を逸してしまい、再上映といった形、なのかな。ちょうどよい時間だったので、ふらっと。

よかったです。
また、浅野忠信と永作博美。両名の演技がとても。


この映画は、原作である鴨志田穣氏の自伝小説をもとにされていて、
その中では「アルコール依存症」という病気が話の全体を覆っています。


アルコール依存症。
それは、飲酒のコントロールを喪失する病気で、薬物依存の一つ。
「わかっちゃいるけどやめられない」堂々巡りが起き、悪化すると肝臓病やがんなどさまざまなアルコール関連疾患を併発する、そんな病気。
現在日本には、発病者、そして予備軍合わせ450万人いると言われています。
>映画「酔いがさめたら、うちに帰ろう」より



本当に、アルコールって、怖い。
私自身も、この年末年始、飲みに行った次の日の朝起きると感じていました。
アルコールって、怖い。と。頭痛の真ん中で。


みなさんは、お酒を飲んで失敗したこととか、ありますか?
私は、ある。もちろん、あります。
酔って寝てしまい、電車が終点まで行ってしまったことや、
普段は諦めたりするような距離を、無理矢理タクシーで帰っていて大出費だったり、
遅い時間に、何度も電話をしてしまったり、
家の鍵を無くして、夜中に迷惑をかけたり、
数え出したらきりがない、色んな、失敗をしてきました。

それらの失敗を思い返すと、今でも迷惑をかけた人に、申し訳ない気分でいっぱいになるんだなぁ。
だって、自業自得でしかないのだから。
アルコールって、本当に、怖い。
昨日も友人と飲んでいて、ワインを1人1本以上空けてしまい、今このキーボードを、ふらふらながら叩いています。
今後は、自重しながら、アルコールと付き合っていきたい。
と思いながらも、変わらないのかもなぁ。いや、変えていきたいです。
世の中の大半が、軽度のアルコール依存症なんじゃないか、なんて思う毎日。


とても印象的だった永作博美さんの台詞。
「悲しいと、嬉しいが、もうどちらかわからない」
「悲しいで身体が満たされてしまって、それが悲しいのか、嬉しいのかの判断が、つかなくなってきている」
こんな内容のことを、言ったんです。
元旦那の身体のことを、医者から聞いて。
涙が、出るかと思った。
出そう、でした。


来月上映開始する「毎日かあさん」は、流れでいうと、
ちょうどこの映画の続きのようなところになるとか。
旦那側の原作と、妻側の原作で、それぞれ映画が作られるって、すごい。
きっと、私は観に行きます。
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by arittakewinds | 2011-01-16 11:20 | memo
メモ186
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愛のむきだし


ヒューマントラスト渋谷で現在行われている園子温監督特集の
第1弾として、観てきました。
実際の劇場上映時期は、2009年の年始あたりだったので、まさに2年前。
今月末に、監督の最新作が公開するので、その事前特集といった形なのだと思う。

一言、おもしろかったです。
237分という、長尺にも関わらず、退屈せず観ることができたのは
きっとその展開の激しさと、そのむきだし具合に、引き込まれていったから。
そう、本当に、笑ってしまうくらいのむきだし映画でした。本能が。


大きく言えば、ボーイミーツガール。
そしてその中で散りばめられているさまざまなキーワード。
暴力、宗教、盗撮、変態、そして愛。
全ての感情が、あらわになって展開されていく。
人は、そうやって生きることで変態足り得るのかもしれない。
だからこそ、登場人物たちは、自分の異常さを肯定しながら進んでいくのかもしれなかったんだ。とかなんとか。



今この時分、愛をむきだしに生きることができているのだろうか。
なんて、帰り道考えていました。自問自答。

また、愛と恋って、どう違うのだろうか。なんて。
「愛」は、心が中心に存在する、真心として、人間的/精神的とされ、
「恋」は、心が下に存在する、下心として、動物的/身体的に捉えたりすることが、あるとしたら。
この映画で表現したかったのは、「愛」なのか「恋」なのか。
本当は、「恋」だったんじゃ、ないのだろうか。なんて。


だからこそ、「愛のむきだし」というタイトルは、
不可思議で、異常なものになってくるんじゃないのかな。
そこが魅力的に映り、変態の集まりばかりである映画業界的評価が異常に高い、のだろう。

実際、この物語は自己投影できるような内容では一切なく。
大きくフィクションであり、コミカライズされたその中で表現されているから、おもしろいのだと思う。
4時間なんて、あっという間なのだ。
インディーズ映画的、エンターテインメント、ここに。と。
役者が本気で演じれば演じるほど、滑稽に、狂気に、そしてラストシーンへと帰結していく。
だからね、よかった。少しだけ、最後は何とも言えない感じだったけれど。


最後に、「悪人」でも素敵な演技を披露していた満島ひかりは、
今後どんどん映画女優として出てくるんじゃないのかと感じたのは、事実。
可愛かったです。
あと主演の西島隆弘は、男版堀北真希にしか見えなかった。


DVDではなく、映画館で観るのをお勧めしたい。そんな映画でした。
DVDで観るなら、ノンストップで観ることを、お勧めします。
あー、そうだね。今年は、沢山の映画を、観に行きたいし、観に行こう。
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by arittakewinds | 2011-01-09 12:13 | memo