メモ196
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奇跡


是枝裕和監督の最新作。観てきました。
よかったです。いや、本当によかった。
今、自分はこういう映画を観たかったんだと思った。
そうなんだよね、観たかったんだよね。こういった、映画を。
泣ける、というわけではないけれど、観た後に、泣きたくなった。
のは、内緒の話。


奇跡を信じていたときって、どんなときだっただろう。
なんて考えながら帰り道を歩いていました。
子どもの頃、私が小学生だった時分。何を願っていただろう。なんて。

正直ね、思い出せなかった。
ミニ四駆のレースで優勝することを奇跡として夢見ていたかもしれない。
夏休みに出した自由研究が表彰されることを夢見ていたかもしれない。
漫画家になれるぐらい絵が上手くなるように、なんて夢見ていたかもしれない。。etc

それでも、やっぱり思い出せなかった。んだなぁ。
何を信じ、何を願っていたんだっけ。
たぶん、そんな大層に「これを願う」といったほどのことじゃなく、
もっと、もっと小さなものが沢山あったんじゃないかな。
明日ご飯がカレーライスになりますように、とか。そういった程度のもの。
きっとそれでも、当時の私にとっては奇跡であって、願いだったんじゃないかな。
劇中の彼らのような、彼らなりの奇跡を願っていたことも、あったと思うのだけれど、思い出せなかった。んだなぁ。
でもきっと、奇跡を願った少し後に忘れても、笑えるだろうその感じが、
やっぱりよかったよね。子どもって、だからすごいよね。


今、27歳になった私は、どんな奇跡を願っているだろう。
なんて、子どもの自分を思い出せなかった私は、やっぱり考えながら
渋谷から自宅に向かって歩いていました。

明日は晴れたらいいよね。明日もご飯が美味しかったらいいよね。なんて。
そんなことかな、とか。思ったり。
子どもの頃と、変わっていないなぁ。

あとはね、この夏は、花火が見たい。
おっきな花火も見たいし、河原でやる手持ちの花火もしたい。
今年は震災の影響で花火も自粛ムードだけれど。
いっそのこと、浴衣でも着て行きたいな。
少しのお金と、小さなカメラだけ持って、たまやー。ってね。


当時の、小学生の頃の自分が想像していた27歳なんて、
どうしようもないくらい大きくて、大人で、全てを知っているヒトだったけれど。
まだまだ、子どもと変わらなくて。未熟すぎて。
半年前の年末年始に願った奇跡もあったけれど、どこかにいってしまった。
今は地道に、ゆっくりとやっていくしかないのかもなぁなんて思いながら、朝ご飯を食べています。


是枝監督の描く子どものその自然な演出/演技にドキドキし、
まえだまえだのあのむちむちした子ども特有の体つきに安心感を覚えながら、
ゆっくりと観ることができました。
夏の手前に観ることができて、よかった。
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by arittakewinds | 2011-06-19 11:04 | memo
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